ジェイソン・ステイサム主演、デヴィッド・エアー監督のタッグで今年1月に公開された『ワーキングマン』。この2人が初めて組んだのが、日本では約1年前に上映されたアクションスリラー映画『ビーキーパー』だ。この映画の脚本は『リベリオン』(2002年)のカート・ウィマーがつとめた。
ステイサム演じるアダム・クレイは、アメリカの田舎で静かに暮らすビーキーパー(養蜂家)だ。ミツバチの群れを育てハチミツを採取する日々。定年退職した元教師、エロイーズ・パーカー(フィリシア・ラシャド)の農場にクレイは住んでおり、彼女に恩義を感じている。しかし、ある日突然、パーカーはフィッシング詐欺で全財産を奪われ、自ら命を絶ってしまった。クレイは、恩人の無念を晴らし、復讐するために立ち上がる。彼は、最強の秘密組織「ビーキーパー」の元エージェントであり、その情報網とスキルで、詐欺グループを徹底的に追い詰めていくのだ。
ホラー映画のように見えてくるアクション
『ビーキーパー』は、司法を超えて犯罪組織に復讐するヴィジランテ映画であり、所謂“ナメてた相手が殺人マシン“映画でもあるという、『ジョン・ウィック』シリーズ(2014年〜)などの系譜に連なる作品だ。また、過去作同様、今回のステイサムの役柄も無口で無愛想な最強の男である。となれば、既視感のあるあまり変わり映えしない作品なのでは、と考える人もいるだろう。
しかし、本作の見どころは、さまざまな要素が過剰に表出している点にある。その過剰さがこちらの想像を超えていくのだ。リアルで硬派なクライムアクションに定評のあるデヴィッド・エアー監督が、荒唐無稽とも言えるアクション映画を撮ったのだから驚きだ。
まず、ステイサム演じるクレイは作中ほとんど無敵であり、もはやアクションヒーローを超えてしまっている。ビーキーパーは社会の秩序が乱れたとき、それを正すために対象を排除するエージェントという設定だが、プロダクションノートでステイサム自身が言うように「亡霊のように登場しては世界を正しい方向へと導く」。その存在がまさに亡霊かの如く描かれるときもあり、アクション映画を超えてホラー映画のように見えてくることがある。
たとえば、スズメバチを捕まえ電流で駆除する冒頭は、ホラー映画の怪人や殺人鬼の登場シーンのようだ。これは、悪党に容赦しないという今後の展開の隠喩でもあるだろう。その通り、クレイは、詐欺集団を容赦なく徹底的に追い詰めていく。農場の納屋での戦闘では、だんだんと恐怖の色に染まっていく詐欺グループ側の表情が、ステイサム以上に印象的である。エレベーターでは、訓練された兵士が逃げようとするも引き込まれて無惨に殺されてしまう。
ジェレミー・アイアンズ演じる元CIA長官ウォレスは、次のように言う。「ビーキーパーに“殺す”と言われたら、死ぬしかない」。今作でのステイサムは、ホラー映画の亡霊や怪人かのように表現されている。ステイサムに恐怖する悪党たちは悲惨な末路を迎えるものの、『ビーキーパー』はわかりやすい勧善懲悪のストーリーであり、劇中の悪党たちに同情の余地はない。
古き良きアメリカの象徴と現代の闇
善と悪の分け方も、今日では珍しくわかりやすい。守るべきミツバチと駆除すべきスズメバチ。農場を持ち、リタイアした後も慈善活動に参加する、古き良きアメリカの良心とも言うべき高齢者たちはまさにミツバチだ。農場でクレイの乗る車が、錆びついたフォードF100というのも、老人たちと古き良きアメリカの象徴だと言える。
その一方で、高齢者たち、アメリカを支えてきたものたちを食い物にする存在がいる。詐欺集団の親玉であるデレク(ジョッシュ・ハッチャーソン)は、他責思考を突き詰めた、疑いようのない悪人だ。ビーキーパーを倒さんとする傭兵ラザラス(テイラー・ジェームズ)は黄色の服を着て、銃だけでなくナイフを使ってクレイを刺そうとし、スズメバチのように描かれている。
悪とされ駆除すべきスズメバチたちは、過剰に属性づけられてもいる。詐欺グループの職場は、ネオン色に彩られ、4つ打ちの曲がガンガン流れており、さながらクラブである。また、別の場所ではヨガや寿司まで登場するなど、古き良きアメリカのイメージとは相容れないもの、イメージの外にあるものを押し付けている感覚さえあり、あまりに図式的である。
また、物語の展開の速さも過剰に、加速度的に増していく。ステイサムは敵を追い詰め、復讐を達成するまで止まらない。それゆえ、彼を倒そうとする、あるいは止めようとする集団も、詐欺グループ、傭兵、FBI、SWATとどんどん増えていく。それらが一気に集い、狭い階段でステイサムと対峙する終盤は圧巻だ。
さらにすごいのは、その大人数の入り乱れた階段で、ビーキーパーであるクレイは悪人かどうかを瞬時に見極め、SWATは殺さず倒し、詐欺グループに与する傭兵だけを次々と殺傷していく。ものすごいテンポで繰り広げられるアクションにおいて、クレイはスズメバチである悪人だけを的確に排除していくのだ。わかりやすい勧善懲悪のストーリーながら、悪の見分け方は物理的に繊細だ。
テンポを増し過激になっていく展開に合わせるように、音楽や音も中盤以降はずっとなり続けている印象だが、それゆえか、急にくるオフビートな場面はより際立っている。激しい戦闘のあと、クライマックスとなる狭い通路でのアクションシーンでは、音楽が急に鳴り止む。そこで一瞬訪れる静寂は忘れられない。シンプルながら効果的な演出だ。
また、序盤、詐欺集団の1人がフォードF-100に括りつけられて海に沈められるところもオフビートな演出だ。車に引っ張られてポーンと水に投げ出されるその様子は、残酷ではあるが、流血を伴う場面とは異なりどこかコミカルで、それゆえステイサムの体を使ったアクション以上に印象に残る。1967年型フォードF-100は古き良きアメリカを、ひいては高齢者たちを象徴しているのではないかと思うが、詐欺集団を海に引きずりこむこのシーンは、騙されて食い物にされた被害者たちの怨念がこもってるようにも見えた。
ちなみに、脚本のカート・ウィマーの叔母は、実際に騙されて銀行口座からお金を奪われ、無一文で亡くなったそうだ。この事件をきっかけに『ビーキーパー』の物語は生まれた。プロダクションノートでウィマーは、「お年寄りにつけこむ人を見ると、ものすごく腹が立つ」と答えている。
社会を支えてきたミツバチを食い物にしようとするスズメバチ、そしてスズメバチを排除しミツバチを守ろうとするビーキーパー。過激で荒唐無稽なこの物語は、現実の社会問題に根ざしている。